全ては感情からはじまる

実践家(EQ practitioner)三森朋宏のブログ

続 本当の賢さとは何か (政治家不祥事の事例から)

先日のブログに「本当の賢さとは」という記事を書きました。
 
最近のニュースでいわゆるキャリア出身の政治家による騒動が取り上げられ、「本当の賢さとは」を考える上で、タイムリーな事例でしたので、取り上げることにしました。
 
豊田真由子の暴言暴行騒動
 
彼女のキャリアからすれば、お勉強ができたことは、言うまでもないでしょう。
では、彼女が本当に賢いと言えるのでしょうか?
彼女の行為は、物理的な暴力があったかどうか以前に、
パワハラ:議員ー秘書という関係において「死ね」の発言
セクハラ:女性から男性に向けられる「ハゲー」の発言
モラハラ:厳しいもの言いをして相手を追い込んでいる全体において
・・・自分のスタッフに対するいじめであり、精神的な暴力です。
 
報道されている録音を聞く限りでは、自分の感情を調整し、望ましい結果を得るように行動を選択しているとは思えません。
自分の感情が調整できず感情に理性が支配される状態を「情動のハイジャック」と言いますが、この豊田議員は、情動のハイジャックが起きている状態だと言えるでしょう。
記者会見の質疑応答の中で発せられた「なんであんなことをやってしまったんだろう」という発言にそれが現れています。
情動のハイジャックが起きないようにするためには、日常から自分の感情状態を弱いものから察知し適切に調整していく能力が必要です。
この感情を調整する能力は、ダライ・ラマのような高尚なチベット仏教徒などにみられる非常に優れた知能であることを脳科学の研究が明らかにしています。
感情の変化を早期に捉え調整する能力は、脳の高次機能ですが後天的に開発が可能であり、情動面の発達に大きな影響を与えます。
この豊田議員は、感情の調整に関する十分な能力開発の機会が与えらないまま歳を重ねてしまい、残念ながら情動面の発達が未熟なままになってしまったのでしょう。
 
余談ですが、この方に関して個人的には、このように情動面が未熟な方が国会議員であることは、日本の未来を考えると不安になります。また、そもそも「ハラスメントをする議員」が国会議員を続けるということは、「ハラスメントも謝れば許される」のようにもとれます。
 
また、事実はまだ明白とは言えませんが、山尾志桜里の不倫騒動
 
彼女も東大→検察官という輝かしいキャリアから政治の世界に入りましたが、結果を見すえて思考し、最良の結果を得るように自分自身を動機付けていると言えるでしょうか?
不倫がどうというより、注目される立場であることを考えれば、疑われるような行動を選択すること事態が問題とも考えられ、EQを発揮できているとは言い難いと思います。
 
これ以外にも神戸市議の相次ぐ不祥事・・・
 
EQとは、最善の意思決定のために、思考と感情を統合する能力です。
 
今政治家に必要なのは、EQの能力開発ではないかと強く思うこの頃です。
「政治家の不祥事を減らすEQセミナー」
各党の担当者の方、信頼される政治家育成のお手伝いします。早い者勝ちです!!
 
「本当の賢さとは何か?」本気で考えるときが来ています。

本当の賢さとは

本当の賢さとは何か・・・
今回は私の専門である「感情知能指数:EQ」についての記事を書いて見ました。
 
これまで、日本では国語、算数、理科、社会といったテストの良し悪しによって、賢さは定義されてきました。
 
しかし、テスト勉強が出来て、有名大学を卒業したからといって社会で活躍出来るとは限りません。
 
ハーバードビジネスレビューに掲載されたこちらの記事にあるようにAI時代と言われる2020年から先には、認知的·感情的スキルが求められるでしょう。 

AI時代は「賢さ」の定義が完全に変わる | HBR.ORG翻訳リーダーシップ記事|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

この記事にあるEQ(心の知能指数)は、World Economic Forum でも複数の記事が扱われています(そのうちのいくつかリンクをあげておきます:英文です)。
これらの記事のように、世界ではAI時代に EQ が必須スキルとして扱われ、賢さの定義も今とは異なり感情知能が重視されることも十分考えられます。
近年では「賢さとは、EQの高さによる」ことを示唆する学術研究も多く報告されています。
 
EQ (心の知能指数)は、IQと対比的に捉うために使われる俗称ですが、「情動知能(Emotinal Intelligence)」と言われる心理学の一理論として知能の一つに定義されています。
(情動=Emotionは、一般的には感情と表現されることが多い)
 
近年では、脳神経科学による情動に関する研究も進み、情動がコミュニケーションにおいて大きな役割を果たしていることのほか、思考や思慮深さ、さらには、意思決定にまで大きな影響を及ぼすことが解ってきています。
 
「本当の賢さとは何か」AIが多くの仕事を担うと言われる昨今、考え直す必要があるでしょう。
 
ちなみに、日本においてEQを学校教育に取り入れたり、企業に活用することを正しく伝えられる人は、増えつつあるものの、まだまだ少数です。
 
最近特に思うこととして本当に深い知見や経験を有し、脳神経科学やマインドフルネスなど周辺領域まで精通している人となると極僅かだということです。
 
教育からリーダー育成、組織開発、医療に至るまでEQは知能として人の根幹にあり、広く応用が可能ですが、魔法ではありません。EQと名の付くものを導入すれば必ず効果が現れるわけではないのです。今後、EQの重要性や社会的需要が高まれば、EQを掲げる企業や講師が増えるでしょう。
その時、本当に課題に合った導入方法、確実にEQを伸ばし成果に繋げる方法を有しているか?トライアルのような簡単なものから、経営の担い手育成や組織開発のような高度な課題まで、多種多様なニーズに本当に応えられるか?といったことを見極める必要が出てくるでしょう。
 
私は、EQの実践家(専門家)として深く広い知見と経験に裏付けられた確かなものをこれからもお届けするとともに、EQを教育に取り入れたり、伝えたいと思う企業や講師を支援し続けて行こうと思います。
 
本題とずれてしまいましたが、社会性や情動知能(EQ)の高さが「本当の賢さ」と言われるときは、すぐそこまで来ています。
 
EQについて知りたいと思った方は、以下のいずれかに私の「ブログを見て」と付け加えてお問い合わせ下さい。身近なセミナー登壇からEQの専門的スキル習得までEQに関することなら何でもご相談頂けます。
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シックスセカンズ ジャパン

最近気になった「ことば」(EQ能力発揮に関係する言葉について)

最近気になった言葉3つ「期待」「無謀」「営業力」についてEQ(感情)の観点から考察してみました。

【期待】

「期待」は、「期が熟すのを待つ」ことですが、一見簡単そうで難しい。じっと「待つこと」って意外と難しくないですか?
ついつい余計なことを考えて「不安、恐れ、焦り」といった感情が生じます。じっと待つためには、あれこれと先々のことを考えず、「今に集中する、今すべきことをする」を続けることが大切です。
そういった意味では、「期が熟すのを待つ」とは「気が満ちるのを待つ」と言い換えられるかもしれません。
例えば、0対0のまま試合が進み続けるような試合展開では、「期が熟す(or 気が満ちる)」のを待てず焦った方が負けます。相手が焦ったタイミングで「気が満ちる=フロー or マインドフル」状態にあれば確実にチャンスをものにして勝てるでしょう。
チャンスを活かして幸運や幸福を手にするかは、気が満ちるまで待てるか?が問われると思います。

「期待」とは「気待」なのかもしれませんね。
 

【無謀】

「無謀」とは
  結果に対する深い考えのないこと。また、そのさま。無茶。無鉄砲。「無謀な旅程」「無謀運転」
だそうで、
無謀はよくないと思うが、近頃は考えすぎて行動に移せないようなことを若者・ベテラン問わずよく見かける。私はイノベーションが求められる時代にあっては、少し無謀なくらい大胆でもいいように思う。
そこで、提案だが「無謀」を「夢望」と置き換えるのは、どうでしょうか?
「夢望」
夢を抱き、夢に向かう。望む 自分の将来や他人・世間の事柄につき、こうなればよい、そうし(あり)たいと思う。
こう考えると正にシックスセカンズのEQコンピテンシーである「共感力の活用」「ノーブルゴールの追求」ではないだろうか。
「夢望」で行こう!
 

【営業力】

私も以前は営業だったが、最近思うのは、「営業力」とは「影響力」ではないかと思う。

クライアント・お客様をその気にさせる!
仲間(プロジェクトメンバー、エンジニアなど)をやる気にさせる!
部下をやる気にさせる(営業マネージャーなら成果は部下の頑張り)!

「営業」一個人の影響力によって成果は決まる。
あなたは、好感を持たれていますか?
あなたは、慕われていますか?
あなたは、尊敬されていますか?
あなたは、愛されていますか?
あなたは、あなた自身を理解していますか?
これらは、全て営業個人のステークホルダーへの影響力を知る問いです。

「営業力」とは「影響力」、How to ばかりを学ぶよりも「影響力」を発揮する能力を身につける方が近道だと思う。

成長する人、幸せになる人の経験は何が違うのか?〜 Growrh theory 〜

成長する人、幸せになる人は何が違うのか?どういった経験をしているのか?

人は、壁にぶつかったとき…私の考えでは、壁というより「近道もなく、他に道のない崖や谷」に差し掛かったとき、何とかしようともがき苦しみ、苦悩の日々が始まる。そして、その苦悩は、どんどん深みへと落ちていく。 

苦悩の谷底に達したとき、新たな光が見える(Aha!)。そこからは、次のステージに向かって自分の中で経験を整理しながら、学びに変え、一気にジャンプアップする。 

苦悩の底に到達するまでは、それまで経験したことのないような複数の感情が複雑に起きて耐えらないほど不快だったり、自分でもどうして良いか解らなくなる。そんな時に手を差し伸べてくれる人は本当に信頼できることに気づく。そしてこの時に周囲の人から得た共感も貴重な感情体験になる。

このように谷を下り上る経験を繰り返し次々と学びにする人が本当に成長する人だと考えられます。
 
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この成長するときのU字体験が回を重ねるごとに、苦悩の底もレベルアップし、ジャンプアップする力も強くなる。これがレジリエンスだと考えられます。

一方で成長しない人は、苦悩の底に到達する前に引き返してしまい、元のステージ(安住の地)に戻ってしまう。多少の苦悩を経験しているので、辛い経験をして学んだように本人は思っていることがあるが、これは勘違いです。成長するために越えるべき経験から逃げただけです。 

そして、この経験は、大人だけのことではなく、子供の経験(極端な例では、「いじめ」…私もいじめられた経験があるが)や、友人との別れ、恋愛経験に到るまで、こころが強く動き、思い悩み、苦悩の底から立ち上がることの繰り返しが人を成長させ、強くし、幸せにするのだと考えられます。
これが、私が考える成長セオリー(Growth theory)であり、感情を伴う経験が学びになる理論です。

日本だって負けてない!産学共同研究によるEQの学術論文

多忙になる新入社員研修の時期、一ヶ月ほどブログの更新が止まっていました。
「そろそろ再開しないと」と思っていたところ、昨日のことになりますが、産学共同研究で提出していた論文が、学習分析学会に受理されたとの朗報が入りました。 

第1巻(2017年7月)
【暫定版】協力行動としてのフィードバックが研修効果に与える影響:情動知能との関連から
後藤 晶・三森 朋宏・永谷 研一

論文 | 学習分析学会

本研究は、行動定着とEQの開発過程の関係をデータ分析によって明らかにしようとしたもので、相互フィードバックが内省を促進し、EQの能力開発に関係することを示唆するものです。

社会人教育では、講師などの専門家が受講者に定期的にフィードバックをすることが効果を高めるように思われがちですが、受講者同士のフィードバックが本人の内省を促進し学びを深めることをEQとの関連から確認しました。

産学共同研究 & EQを取り扱う日本では極稀なケースですが、欧米では多くのケースが発表されています。やっと日本でもこのような論文が受理される時代になったように感じています。

日本の企業も各社が持っている素晴らしい人財育成施策を公にし、共有することで世界と戦える力になると思います。他の企業も同様の活動ができることを祈っています。

 

看護・介護、もっと寄り添える医療現場は、実現可能か?

「参加して良かった。少し楽になれた。」

そんな声が聞こえてくるのは、最近開催している「感情」に関するセミナー参加者の声です。

その中の半数ほどは、他でもない看護や介護を中心とする医療スタッフ。
「病気で苦しむ人を救いたい、元気にしたい」そんな思いで医療の仕事に就いた人たちですが、痛みや辛さと闘う患者との日々に疲れを感じている。

なぜだろう?

私は感情の専門家です。仕事や職場における感情のあり様を考え実践し伝えています。

患者との日々に疲れを感じている医療スタッフは、感情移入しやすい面を持っている優しさ溢れる人たちです。

患者への感情移入によって患者と同じ感情がその医療スタッフの中に生じるが、そのままの感情状態では仕事に影響するためリセットする。日々、患者と接する中で生じた感情のリセットを繰返し行っているうちに疲れが溜まる、気づいた時には疲れきってしまう(例えるなら使い過ぎて伸びたり、切れたゴムのような状態です)。
寄り添いたいが、寄り添うことが辛くなってしまう。
そして、ミスの許されない仕事による緊張の連続も心を疲れさせる。
 
こうした「寄り添いたいが、寄り添うことが辛くなってしまう。」ことは解決できないのだろうか?
 
方法はあります!
 
「感情」に関するセミナー参加者が楽になれた通り 「感情」について正しい知識を得て、自分と他者の気持ちに対する向き合い方を知ることで、解決に向かいます。
もっと寄り添える医療現場は、実現可能です。
 
 
感情の専門家、人材組織開発の専門家、イノベーションの専門家が結集し、構想から1年以上かけて看護・介護の生の声と向き合い実現に向けて練り上げたセミナーを開催します!
 
【三人の専門家に関する情報】
鎗田恵美(人材育成・組織開発のエキスパート 有限会社エラン代表)
http://www.elan-2001.com/

山本伸(プロ イノベーションガイド&ファシリテーター Tynon代表)
http://www.shinyamamoto.com

三森朋宏(EQ実践家 シックスセカンズジャパン フェロー)
http://6seconds.co.jp  
 

受験勉強以外の「学び」が必要な時代へ(部活動から得るもの)

友人から”ブラック部活”と称される近年の部活動の問題に関する記事を紹介頂きました。
記事はこちら

部活動に「達成感」はいらない――“ブラック部活”問題の根本にあるもの (BEST TIMES) - Yahoo!ニュース

私自身の学生時代の経験と社会人になってから知った生きていく上で、社会で活躍する上で最も大切なこととリンクするところがあり、私は、この記事に関心を抱き、共感から私なりに思うところがあったので、ブログに書くことにしました。

記事に書かれている「学問」は、私の使う「学び」とほぼ同義です。

 

今思い返せば、私の学生時代はバブル崩壊前後で、進学塾に通わないと受験に勝てない・学力の高い高校に行けないといった偏差値偏重の時代の入り口だったように思います。

私も例外なく進学塾に通い、模試を受けては偏差値を確認し進学校を考えていました。

もちろん部活もしました。毎日、朝の練習と放課後の練習、土日も休まず練習し、塾に通う日々。

最もタフに頑張った中学時代は、受験勉強と部活を両立させ、「学び」の多かった時期だったと思います。中学での頑張りの最終結果は、偏差値73 & 副部長(関東大会まですすんだ)です。この結果なら両立させた頑張りとして胸を張って言えると自分では思っています。

 言うまでもなく受験勉強を通して知識や学識といったことが深められました。

一方、部活動は、当時も今も受験勉強からは学ぶことのできない「社会性を学ぶ」貴重な場でした。

地道な練習を重ね「習慣化(自動化)すること」
負けても負けても「やる抜く力 」
自分の感情を調整し、今この瞬間に集中し、チームに貢献すること「マインドフル(集中力)、感情の調整」
部活動全体を通して体験から学ぶリーダーシップ、フォロワーシップ、リレーションシップ、チームワーク、エンパワメント
後輩指導を通して学ぶコーチング、インストラクション

 また、今になってよく考えると受験勉強では、与えられた問題をいち早く解き、できるだけ短時間で答えにたどり着くことを学びました。一方、社会性を学ぶ部活では絶対解はありません。課題に対し自ら質問を作り、解決策を時間をかけて探します。用意された問題ではなく、都度生じる課題を解決することを学びました。

私は、企業の新入社員研修も担当していますが、そこで感じるのは、確かに受験勉強を通して与えられた問題をできるだけ短時間で解くことは鍛えられていますが、当たり前と思えることに疑問を感じたり、日々生じる絶対解のない課題を解決するかとは、著しく低下しており、新人研修の講座で質問するのは、50人中わずかに2~3人、しかも特定の人です。

質問しない人が本当に理解しているのかというとそうではない。基礎課程において学んだことが抽象・概念化されていないので、応用課程において応用できず、全く新しいことを学んでいるかのような反応をする。

これでは新人研修も大変である、応用できなければ実務で活かせないのだから、自ら考えることまで教えなくてはならない。社会性や絶対解のない課題を考えることは、家庭や学校で学んできてほしいと思う。

 記事を書かれた先生は、部活も学問だとおっしゃっており、私もその通りだと思う。いずれも学びであって、どちらが重要ということではなく、どちらも重要です。 

もしかすると学校の先生のコーチング力低下、保護者などステークホルダーを含めたマネジメント力の低下も課題なのかもしれません。

もちろんブラックにならないためには、労務管理、勤務形態なんかも見直さなくてはならないでしょう。